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9月6日 「劔岳 点の記」 木村大作監督のゲストトーク

2009/09/06

キャメラ助手として映画界入りし、黒澤明監督作品の現場にも参加。長年にわたって最前線で活躍し続けている木村大作監督は、今回『劔岳 点の記』で初監督を務めました。映画の撮影は実際に劔岳、立山連峰で行われ、過酷なロケの末に完成され渾身作となりました。ゲストトークでは、木村監督は、観客から寄せられた多くの質問に熱く語りました。
ゲストトークでは、木村監督はマイクを使わず地声で対応。まず、その理由について、「撮影中には反対の峰の役者にも届くくらいの声を出さなきゃいけないから、これくらいの会場だと声は届くんですよ。腹にあることをそのまま話したいんです。マイクを使うとどうしても考えてしまって本音が出てこないからね。」と言及。
 映画を製作しようと思ったきっかけについて聞かれると、「僕は35mmキャメラで自分で撮影しに行くこともあるんですが、あるとき能登半島の波を撮影しに行こうと思って行ったんです。その帰りに立山連峰が見えたので35mmキャメラで撮ってみて、ちょうど持っていたこの映画の原作の『劒岳 点の記』を読んだら、正面に見えるこの山を映画に撮りたくなりました。『劒岳 点の記』の中には、ただ地図を作るためだけにも黙々と仕事をしている人たちが出てきます。それが自分が映画に対してしていることと重なって、自分の人生を当てはめたいと思いました。」と語りました。
 また、木村監督は撮影中の数々のエピソードを披露。「撮影期間は約2年間で、そのうち200日は立山連峰で過ごしました。撮影はすべて話に合わせた順序で撮りました。1カットに10日間を費やしたこともあります。自然を撮るというのはそれくらい忍耐が必要なんです。この映画は、「こだわり、集中、記憶」でできています。俳優に対しては、「これは撮影ではない、苦行なんだ。」と言っていました。撮影は普通は楽しいものですが、今回の映画ではそれは味わえないということです。最初はみんな冗談かと思っていましたが、撮影するうち理解したようです。今回の撮影ではマネージャーの同行もなしでみんなで登りましたからね。」と。
 「CGは全く使っていなかったのですか。」という客席からの質問には、「この映画ではCGは一切使っていません。映画に出てくる雪崩のシーンでは、ダイナマイトを130発埋め込んで爆発させて雪崩をおこしたんです。その2ヶ月前にも行ったんですが、そのときは雪が堅くて雪がサラサラと流れる程度だったのでもう一度挑戦しました。滑落の場面も山岳ガイドの方にお願いして実際に行いました。」と回答し、撮影に対する監督の意気込みが伝わりました。
 原作にはなかった、ラストシーンで手旗を振るシーンについては、「遠くにいても心は通じるということを表したかった。」と解説。映画で出てきた「何をしたかではなくて、何のためにしたかが大事です。」というセリフについては、「以前、高倉健さんから送られた手紙の中に綴られていた言葉であり、この言葉によって僕の方向が変わりました。他にもこの言葉を残した人はいますが、このセリフはこの映画で一番輝いていると思います。」とエピソードを披露。
 また、「山岳会の衣装がカッコ良すぎると言われることがありますが、明治、大正のころの日本は華やかで、博物館に残っている当時実際に山岳会の人が着ていた服装をそのまま再現しているんです。この映画は2年間、200日かけて作りましたが、最近の映画はテレビの二番煎じが多い。映画は見て発見するものだけど、今は分かりやすい映画がヒットする。」と最近の映画のあり方に一言。
 最後に、「ラストに登頂シーンや万歳を入れなかったのは、仕事に対する自分の思い。プロデューサーからもそのような提案があったけど、それは出来ないと断ったんです。普通だったら、撮るだけ撮っておくかとなるけど、撮ったら後でまわりから説得されるだろうと思い、絶対撮らないと決めた。」、さらに、「こんな映画は今後ももうないだろう。自分の思うままに作った、いわば壮大な自主制作映画なんです。自分が人生で見てきたことと体現したことだけで作ってある。聞いたこと、自分に当てはまらないことは一切入っていない映画。」と監督の映画哲学が、熱く語られ、歓声と拍手が会場に大きく響きました。


(河口)